学校法人 聖フランシスコ学園 天使幼稚園
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1日の生活
8:00  希望者のための早朝保育(無料)を行っています
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モンテッソーリ活動
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各年齢別の活動
自由遊び
12:00 お弁当
自由遊び
13:00 降園準備
14:00 降園
17:00まで 希望者のための延長保育(30分~200円:定員1日15名)を行っています
月曜日放課後:希望者の英語教室(年長・年中児対象)
火曜日放課後:希望者の体操教室:チア教室(年長・年中児対象、年少児は3学期~)
年間行事
1学期 4月 始業式
入園式
5月 マリア祭
母の日の集い
春の遠足(親子)
6月 父の日の集い
7月 お泊り保育(年長)
夏休み 8月 夏期保育
夕涼み会
2学期 9月
10月 運動会
秋の遠足(シーパラダイス:年中・年少)
おいもほり遠足(年長)
11月 勤労訪問
12月 クリスマス会
3学期 1月
2月 新入園児体験入園
3月 修了式
卒園式
天使幼稚園の日々の様子を、
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  神さまからの預かりもの
2017年9月4日

 気温が低く夏らしくない日々が続いたり、何十年に一度という大雨に見舞われたりした今年の夏休み。みなさん、いかがお過ごしでしたか? 夏らしい暑さが戻ってきた8月23日からの夏期保育、子どもたちは大喜びで水遊びをしたり、ぎらぎらと照りつけるお日さまをものともせずに園庭を駆け回ったりしていました。お日さまが西の空に傾き始めたころ登園してきた28・29日の夕涼み会には、お家の方と一緒に浴衣や甚平など涼しそうな服装をした子どもたちが登園。久しぶりに大勢のお友だちと会い、ニコニコ笑顔でゲームやうちわ作り、盆踊りに取り組んでいました。夏休みならではの楽しい活動でしたね。

 今年の夏休み、日本カトリック幼児教育連盟の教職員研修大会が東京で行われ、天使幼稚園の先生も全員が参加しました。日本各地から1200名の先生が集まったこの大会のテーマは「カトリック園のミッション~神さまに向かう心を育む~」というもので、現在幼稚園が抱えるさまざまな課題に向き合い、子どもたち一人ひとりが生かされ成長していくことができるようにするにはという観点で、講演会や分科会が持たれました。

 基調講演の中で名古屋教区の松浦悟郎司教様は「『あなたが、今、あなたであることが大切です。』と言ってあげられることが重要です。」というお話を通して、画一化された望ましいとされる姿に引っ張っていくのではなく、その人がその人らしく生きることを大切にしてくださいという思いを伝えてくださいました。特別講演でも都立小児総合医療センター副院長の田中哲先生から「現代社会は、being=他ならぬその人として存在すること=を認められない傾向があるのではないか。」というお話をして頂きました。お2人のお話の根底にあるのは、カトリック園で育つ神さまから創られた掛け替えのない子どもたち一人ひとりを、個として大切にしてくださいという思いでした。

  「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された」(創世記1章27)

 すべての人は神さまにかたどって創られました。でも十人十色ということばがあるように、人はみんな性格も考え方も異なり、得意なこと苦手なことも人それぞれです。神さまは画一的に人を創造したのではなく、個性を尊重し一人ひとりに自由と自己決定権を与えてくださいました。

 こうして与えられたさまざまな能力や才能を、人は自分だけの力で得たものと勘違いし、与えられた自由も、自分勝手に何でもできると解釈しがちになっていることがあるようです。恵まれた才能や能力が自分だけのものと思う心から、自分さえ良ければという行動が生じ、自分が自分がという思いがぶつかり合うことで対立が生まれます。

 そこでちょっと視線を変えて、“他ならぬその人”である一人ひとりの才能や能力、そして自分の思いや社会とのつながり、さらにその人の命は、すべて神さまから預かっていると考えてみてはいかがでしょうか。

     「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。
      わたしがあなたがたを愛したように、
      あなたがたも互いに愛し合いなさい。」
               (ヨハネによる福音書第13章34)

 私たちおとなも、そして未来を担ってく子どもたちも、一人ひとりが自分らしく生きつつ、イエスさまが教えてくださったように、互いに愛し合いながら人のために自分が預かったすべての力を役立てていく。そこを目指すことがカトリック園の意義であるのではないかと考えた研修大会でした。                               (園長 鬼木 昌之)
<2017>夏休みのおたより
豊かな体験の中から
2017年7月14日
 
 「♪マル・マル・モリ・モリ みんな食べるよ♪」
6年前、たくさんの子どもたちが歌って踊った「マルモのおきて」の主題歌。この番組に出演し、その後も子役として活躍してきた芦田愛菜さんが、今年の4月、私立中学に入学しました。芦田さんは受験勉強をがんばっただけではなく、読書の質と量も充実し、自身の知識の糧になっているそうです。

 将棋界では中学3年生の藤井聡太さんが、並み居る先輩方と対戦する中29連勝という大記録を打ちたてました。藤井さんは小さい頃から想像力を高めるおもちゃで遊んだり、コンピューターの将棋ソフトを通して、今までにない手を数多く学んだりしてきたそうです。

 卓球界では、幼い頃から卓球に打ち込み17歳になった平野美宇さんが、世界一強い中国の選手を破るほどの力をつけてきました。昨年リオ五輪で女子チームの補欠だった平野さんは、その悔しさをバネに、中国で現地の選手と試合をする中で実力を伸ばし、今の地位を築きました。

 今、このようにいろいろな世界で若い人が活躍し、それを見た子どもたちも彼らに憧れ、自分もやがてはそのような活躍をしたいと思っているようです。でも得手不得手があったり、きっかけがなかったり、その道の才能がなかったりと、誰もが同じように活躍することは難しいものです。

    憧れを持ちすぎて、自分の可能性を潰してしまう人はたくさんいます。
    自分の持っている能力を活かすことができれば、
    可能性は広がると思います。(イチロー)

 神さまは一人ひとりに、その人ならではという力を与えてくださいました。今、活躍している人を見て、自分も同じ道で活躍しようと思っても、全員が同じように活躍することは不可能なことです。でも、自分に与えられた力を発見し、それを活かし活躍することを目指すことを通して、一人ひとりの可能性が広がるものです。無限の可能性を秘めた子どもたち。どんな道でその才能を花開かせるのかは、まだまだ未知の世界です。その可能性に子ども自身が気づき、挑戦できるようにするためには、一人ひとりが豊かな体験をする中から、興味関心を持ち「やってみよう」と思うことを見つけ出すことが大切です。

 1学期が終わり、長い夏休みが始まります。日常生活から離れ、たくさんの時間があるこの時期だからこそ、子どもたちには普段はできない、いろいろなことに挑戦してほしいと願っています。どこかにお出かけするにしても、ただ愉快に遊ぶだけでなく、知的好奇心を満足させることができるように仕向けることはとても大切なポイントです。またお出かけしなくても、日々の生活の中、本を読んだり、耳を澄まして日頃は聞き流す音をじっくりと聴いたり、視点を変えて周りを見つめたり……。そのような中、何か心に響くものがあるとしめたもの! それが夢、理想へと高まる可能性が広がり、その人ならではの道へとつながっていきます。

   人がこの世に生きていく限り、やはり何かの理想を持ちたい。希望を持ちたい。
   それも出来るだけ大きく、出来るだけ高く。 (松下幸之助)

 一人ひとりが、神さまから与えられた可能性に気づくことができる、そんな夏休みになると良いですね。
                                     (園長 鬼木 昌之) 
<2017>7月のおたより
灯 台
2017年6月21日
 
 先週は父の日の集いへのご参加、ありがとうございました。お家の方がいらっしゃったので、いつも以上に張切っていたり、見られているからちょっぴり緊張していたりと、一人ひとりの様子は違っていても、みんなの心は嬉しさでいっぱいだったことでしょう。お家に帰ってからも、モンテッソーリのお仕事や、一緒に楽しんだ大玉送り、お子様からのプレゼントの話題で盛り上がったのではないでしょうか。

 未来を生きる子どもたちにとって、こうして見守ってくださるお父さんやお母さんは、自分が進む道を決めるために必要な灯台のような存在です。広くて暗い大海原を航海するとき、灯台の光は大切な大切な道しるべであり、その進む方向を決めるために欠かせないものです。船の乗組員は大きな海図を広げ、灯台の明かりを頼りに、ここを東に進めば港に着くことができる、西に進めば大きな島にぶつかるなどと判断し、航路を決めるのです。

 この灯台のように、子どもたちに進む航路の情報を示すことが、お父さん、お母さんに与えられた大きな役割です。ただそれは、子どもの未来に向けて線路を敷く仕事とは少し違っています。子どもたちは各々自分の海図を持ち、灯台の明かりを頼りに右に進むか左に進むかを、自分らしさを発揮しながら決めていきます。お父さん、お母さんは子どもの思いを汲み取り、常に先を進みながら新たな灯台の光を示し続けることが求められています。

 ひと昔前の教育は、みんなが同じ方向を向き、同じように力を発揮することが求められ、それについていけない人が「落ちこぼれ」になってしまっていました。

   「もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。
    もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか。
    そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである。」 
                      (コリントの教会への手紙一12章)

 このたとえのように、神さまは一人ひとりに「自分らしさ」を授け、その人でなければという役割を与えてくださいました。世界の垣根が低くなり、多様な価値観を持った人々が共に生きていくこれからの時代だからこそ、一人ひとりの個性、自分らしさが大切になっていきます。

 航路を示す灯台は、一つひとつ光の強さや点滅する時間が異なり、航海をする人はその違いによってどの灯台かを判断し、自分の位置を知ることができるそうです。子どもたちに進路を示すお父さんお母さんは、子どもの位置を確かめ、そのあゆみを進める方向を見極め、その時々に必要な光を届けることを通して、子どもたちの成長を助けていくことが求められています。それは、決められた線路の上を走らせるのではないだけに、細やかな観察力と、子どもの思いを尊重する寛容さ、そして子どもの力を信じる信頼感が必要になってきます。

 「凡庸な教師はただしゃべる。良い教師は説明する。優れた教師は自らやってみせる。
  しかし偉大な教師は心に火をつける。」(ウィリアム・アーサー・ワード)

 灯台の役割はこの偉大な教師のようなものではないでしょうか。
                                 (園長 鬼木 昌之) 
<2017>6月のおたより
想像力が生み出すもの
2017年5月24日

 先日お弁当の時間、子どもたちと食事をしていると、子どもたちがことば遊びを始めました。
「えんちょうせんせいの おうちが くじらに なっちゃった。」
「えーっ!おおきな おうちだね。」
「えんちょうせんせいの おうちが りんごに なっちゃった。」
「おいしい おうちだけど、たべたら なくなっちゃうよ~。」

 すると、周りの子どもたちも次々に、 
「しんかんせんに なっちゃった。」「うちゅうに なっちゃった。」
と楽しそうにいろいろな物に変身させ、その遊びは、お食事が終わるまで続きました。

 おとなからみると、他愛の無い単純な遊びだけれど、子どもたちはこれだけで充分楽しめるもの。それは、子どもたちの頭の中に浮かぶ世界が、おとなとは異なっているからではないでしょうか。言葉を自由に操ることができるようになったおとなは、このようなことば遊びをしても、言語として認識しています。ところが子どもたちは、それが映像として見えているようです。「くじらになっちゃった。」というと、頭の中にボヨーンと園長先生が鯨のお家に住んでいる風景が浮かんでくる、「りんごになっちゃった。」というと、りんごの中に住んでいる園長先生が浮かんでくる………。おとなでも、そんなシーンを思い描くことができると、なんだかうきうきしてくるものです。このように、想像の世界で映像を楽しむことができる子どもたち。そのような豊かな想像力を大切にすることが、子どもたちの成長には欠かせないものです。

 まだ体験が少ない子どもたちだから「くじらになっちゃった。」「うちゅうになっちゃった。」といっても、鯨や宇宙の様子を知らないとその光景は頭の中に広がらないでしょう。その土台となるのは豊かな体験です。鯨やりんごや新幹線。さらには、ぐるりと周りを囲む緑の草原、高い山から見下ろす尾根筋の道、ドーンと岩にあたって砕ける波の音………。象ってどれくらいの大きさ、きりんの首の長さは、りすの動きは?このような自然や生き物のことだけではなく、「東京ドーム○杯分」も、実際に野球場を知らないと想像できません。このようなことを含め、多くの体験を自分の財産として持つことで、子どもたちはどんどん想像を膨らませ、その世界をぐーんと広げていくことができるようになるものです。

 また、子どもたちは実際に見たり聞いたりしたものを擬人化することも得意です。花や木、動物たちがしゃべり出したり、ぬいぐるみが声をかけてくれたりすることも、子どもたちにとっては日常の世界です。時々「ぼく、おばけをみたことがあるよ。」という子どもがいます。その子は適当な作り話をしているように思えても、実際にはその子の頭の中の世界では、本当におばけが出ているのではないでしょうか。そして、これらすべてが子どもたちの豊かな想像力の産物なのです。
今年の4月、東京大学の五神真総長が入学式の式辞の中で
「あらかじめ用意された問いに答える受け身の学習から、自由で主体性ある能動的な学びへとギアチェンジしてほしい」
「まだ答えがない問いを自らが作れるようになってほしい」
と呼びかけられたそうです。答えを見つけるのではなく、問いを見つける。まるで無から何かを生み出すような話です。この無から何かを生み出す核となるのが、一人ひとりの体験が土台となった想像力なのです。

 科学技術が発達し、かつては「十年一昔」と言われていたものが、最近は「五年一昔」に。さらには、次々に新しい技術が生み出され「一年一昔」といえるようなこれからの時代。子どもたちには、「無からすばらしい成果を生み出す」豊かな想像力を養い、大切に育んでいってほしいと願っています。                 
                            (園長 鬼木 昌之)
<2017>5月のおたより
こ だ ま
2017年4月26日

「やっほー」「やっほー」 「おーい」「おーい」

みなさんは子どものころ、山に登ったりトンネルを通ったりするときに思わず大きな声で呼びかけたことはありませんか?自分の声がそのまま跳ね返ってくる不思議さやおもしろさ。昔の人はこの不思議な現象を山の精霊「山彦(やまびこ)」からの返事と捉えたり、木の精霊「木霊(こだま)」からの返事と考えたりし、やがて跳ね返ってくる声自体を「やまびこ」「こだま」と呼ぶようになりました。

 なぜ「やっほー」と叫ぶのかという説の一つに、これは聖書に出てくるヘブライ語の「神」の呼び名「ヤハウェ」がなまって「やっほー」になったというものがあります。昔ドイツ人の宣教師が山に登り、その素晴らしい光景に思わず「神さま(ヤハウェ)」と呼びかけた。それが「やっほー」の始まりというものです。ここにも木霊と同じように、人の力を超えた大きな力があることを感じたという共通点があるようです。

 「木霊」に似たことばに「言霊(ことだま)」があります。これは「言葉」に宿る不思議な霊的な力のことです。人類は言葉を生み出しコミュニケーションをとることを通して、大きな共同体、社会を築き発展してきました。その中で言葉には、相手を包み込む力や、相手を傷つける力があることに気付き「言葉」には不思議な霊力があると考えるようになりました。

 聖書でも言葉は特別なものとして取り上げられています。

「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。」(ヨハネ福音書)

日本語の「言霊」と同じように「言」は神さまであったと書かれています。このように洋の東西に係らず、人々は言葉の大切さやその力の大きさを感じてきました。

 幼稚園に通う子どもたち。家族という小さな社会から、たくさんのお友だちや先生と交わる少し大きな社会の中に入ってきました。この集団の中で、自分の思い通りにならないことがあることや、自分とは違う考えの人がいること、そして自分の思いを上手に伝えることの大切さを学んでいきます。いろいろな言葉をどんどん吸収していく子どもたちは、友だちとのふれ合い、あるいはお兄さんお姉さんとの交わり、そしてテレビなどのマスコミなどを通してたくさんの言葉を覚え使うようになっていきます。時には「えっ、そんな言葉どこで覚えたの?」と思うような言葉を使うこともあります。

「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう。 「ばか」っていうと「ばか」っていう。
「もう遊ばない」っていうと「遊ばない」っていう。
そうして、あとでさみしくなって、「ごめんね」っていうと「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、いいえ、だれでも。  (金子みすゞ)

 自分が発した言葉は、相手を幸せにもできるし、悲しくもさせられる。そして、それが自分にも返ってくる。まだまだ小さな子どもたちだから、このような言葉の持つ大きな力を大人が意識し、子どもたちの口から出る言葉に気を配ってあげたいものです。
                                  (園長 鬼木 昌之) 
<2017>4月のおたより
初心 ・ 笑顔 ・ チャレンジ
2017年4月10日

 寒い日が続いていた今年の春ですが、先週末からぐんと気温が上がり、街中の桜も一気に花を開いて子どもたちの入園・進級をお祝いしてくれています。世界の国々との交流が盛んになるにつれ、日本の新学期も欧米に合わせて9月にしてはという意見があるものの、やはり新学期は桜舞う頃でなければという声も多く、4月スタートは当分変わりそうにはありません。それほど日本の人にとって桜は特別な思いを持った花のようです。

 創立71年目を迎える天使幼稚園。今年もたくさんの新入園児、そしてエンジェルクラスのお友だちを迎えてスタートします。子どもたちそして保護者の皆様と同じように、私たち職員もわくわくしながらこの日を迎えました。

 新しいことが始まるときのわくわく感、また新しい出会いへの期待や緊張はその時にしか味わうことができない貴重なものです。そして、この思いがそれからの活動の礎となり、自分たちを大きく成長させてくれる土台となるものでもあります。600年ほど前に活躍した能楽師世阿弥はその著書の中に「初心 忘るべからず」と記しています。それは初めの志を忘れないようにという教えと共に、何かができるようになった時、慢心することなく今をふり返り、更なる成長を志す、そこに「初心」があるとも教えてくれています。71年のあゆみを残してきた天使幼稚園でも、今一度「美しいこころ」「強いからだ」「明るいこども」という園のモットーを基に、すべての活動をふり返り「初心」を大切にしながら更に良い幼稚園にしていこうと考えています。

 家族という小さな社会から、同年代のお友だちと共に生活する幼稚園という少し大きな社会の仲間入りをした子どもたち。この時期の子どもたちにとって大切なことのひとつが、「自分は他の人から受け入れられている」ことや「自分とは異なる考えの人がいる」ということを、体験を通して感じながら「自己肯定感」を高め「他者を受け入れる心」を育むことです。そして、その人と人とを結ぶ有効な手立てが「笑顔」です。「ただニッコリと微笑むことが どれだけ多くの素晴らしいことに つながっていくのか。」(マザー・テレサ)嬉しいから、楽しいから笑う、それだけではなく、悲しいとき怒っているとき、まず笑顔を作ることを通して自分の心を落ち着け、相手を大切にする思いを高めていく、それが社会生活の中で大事であることを、子どもたちも我々大人も心していきたいと考えています。

 長いあゆみを重ねていると、ついつい「今までどおり」に物事を進めることが多くなっていきます。それは長い経験の中で「これが良い」という方法を作り出し「今までどおり」になってきたからです。でも、そうなるためには折にふれて改善を積み重ね、より良いものにしてきた足跡があるはずです。このように「今までどおり」は常に見直しをし、新しいチャレンジを加えて改善していくことが求められていると言って良いでしょう。「チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ。」(本田宗一郎)より良い幼稚園にするために、今年度は今までしていなかったことにチャレンジすることにも積極的に取り組んでいきたいと考えています。あれ?今までと違っていると思われることもあるかもしれませんが、それは更なるステップアップを図るための一歩と考え、前向きにご協力いただければと思っています。

 「初心」「笑顔」「チャレンジ」この3つをこの1年間のモットーとして、皆様方と共に、子どもたちの成長を援け、見守っていきたいと思っています。今年度もどうぞよろしくお願いいたします。
                               (園長 鬼木 昌之)
天使幼稚園(東京都)
〒146-0085
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